ごきげんようM島です。
名古屋から転勤されてきた、O野部長は今までにないタイプのひとでした。
事故の後この人の下では中途半端に復帰したら、無理をして、体が余計悪くなると思っていましたので、相手の保険会社が給与保証してくれる、最大期間までは体を治そうと思いました。
そのおかげでほぼ完璧に治りました。(20年くらいたってから後遺症がありましたが)
O野部長はスパルタ部長で根性と迫力で商品を売って来い、タイプの人でしたので、
生半可な体、体調では続かないのです。
月末に目標に数字が達しないときは時間に関係なく深夜まで、懇々と会議をする方でした。
当時の営業はポケットベルを持ちベルが鳴るたびに公衆電話によって会社と得意先に電話をするのですが、京都営業所のときは日本海まで営業に行くときがありましたので、
頻繁にポケットベルが鳴るので、電話ボックスのあるたびに車を止めて連絡していたら、
なかなか目的地につかない。 それを解消するのに携帯電話を自費で購入しました。
受注センターには電話番号を教えておりましたので、
得意先から電話や問い合わせがあれば、
直接携帯電話に用件と問い合わせ内容をかけてきましたので、指示をして、返答も会社から
お願いしたので、営業車を止めることなく、遠方の得意先まで、
時間通りに行けるようになりました。
受注センターにはO野部長には電話番号は教えないで欲しいとお願いしていましたが、
O野部長は携帯電話を持っているのを感づいて、番号を教えろと言われましたが、
私個人のものなので、教えられませんといいました。
O野部長は私が電話番号を教えたくないと言った事を激怒して
受注センターに電話をかけないように指示しました。
本当に大人気ない人だなあと思いました。