新井家具ベッド館 STAFF blog

新井家具ベッド館のスタッフブログです。 社長ブログに負けないよう更新します!!

M島の営業回顧録 その15

ごきげんようM島です。

 

アイビーベッドで2年ちかく大阪南部の担当をして、実績を積み、次に

京都営業所の所長になりました。(所長と言っても部下は1名だけですが)

この所長時代に大変大きな事故に遭います。

 

滋賀県から京都営業所に帰る途中、名神高速道路大津トンネルの中で

10トン車にノンブレーキで

 

アイビーベッドで2年ちかく大阪南部の担当をして、実績を積み、次に

京都営業所の所長になりました。(所長と言っても部下は1名だけですが)

この所長時代に大変大きな事故に遭います。

 

滋賀県から京都営業所に帰る途中、名神高速道路大津トンネルの中で

10トン車に居眠り運転でノンブレーキで後方から、追突されました。

トンネル内で渋滞が発生してきて、ブレーキをかけ減速したところに追突されました。

バーンという衝突音のあと、私はブレーキを全力でかけましたが、前方の車のテールランプが、目前まで迫ってきました。

 

私が九死に一生をえたのは、いろんな要素がございました。

京都営業所にはハイエースのワンボックスと軽自動車があったのですが、

軽自動車を常用しているのですが、この日は得意先に取替えのパーツがあり

引取る為にワンボックスに乗って行ったのです。

 

警察の事情聴取のときに聞いたのですが、通常このような場合、軽自動車ですと

10トン車は軽自動車の上になり、ペシャンコになる例が多いとの事です。

また、ワンボックスの場合は前方の車とのサンドイッチになり、大事故になるばあいですが、

私は高速道路で車間距離を長めにとっているのですが、このおかげで前方の車に

追突する直前に止まれたこと。

 

あとワンボックスなので、当たった瞬間に大きな音がして、10トン車の運転手の目が覚めて、あわててブレーキを踏んでくれたことです。

 

この衝撃でワンボックスの後ろはペシャンコになり、全体の長さは3分の2くらいの大きさになっていました。

 

M島の営業回顧録 その14

ごきげんようM島です。

 

塩化ビニールの商品も将来的に不安もありましたし、

ベッドは必ず需要が高まるのとアイビーベッドはシOOOというブランド品の

西日本専売店なので、独占してそのブランドを販売できる強みがありました。

私が関トシ商事の販売で婚礼の荷出しのお手伝いをするのは、お手伝いをする事によって、弊社の商品を買ってもらうというギブアンドテイク営業をしていたのです。

大阪には関トシ商事より大きな問屋がたくさんありました。大きな問屋は一括でたくさんの商品を仕入れるので、同じ商品とブランドを扱っていましたが、価格が安いのです。

私の行っていた奈良県ではフOOという枚方市の大きな家具卸商社のミOさんという方(現在も頑張って会社の重役で活躍されています。)が、安い価格で得意先に商品を納入されて、相当苦戦していました。 私は人員の少ない店に荷出しの手伝いと引き換えに商品を買ってもらう営業をしていたのです。祝儀はあとからついてきた物でした。

そのときに競合する商品を扱う小さな問屋は大きな問屋に売上をとられてしまう。

独占販売できる商品、オリジナルな商品の開発が必要だとおもい知らされるのでした。

 

私はシOOOのブランド力とベッドの普及率の向上が有望だと思いアイビーベッドに

転職しました。

 

もう一方の候補だった、アート50は現在全国にありましたが、6年以上前に

すべて廃業されました。  親会社のユーアイ社は売上を当時の10分の1以下に

減らして会社も相当スリム化して、社名を変更して、再出発されました。

 

アイビーベッドに転職して最初の担当が大阪南部でメイン店が堺市の大型家具店でした。

アイビーベッドが倒産したときに販売応援に行っていたお店です。

土、日、祝日はこちらの店に張り付いて販売応援をして、ベッドの販売をするのですが、

こちらのお店は玄関でついたお客様を帰られるまで接客して全ての家具を売らなければならないのですが、ベッドメーカーはベッドだけ、タンスメーカーはタンスだけの

知識しかないので、自社取扱商品以外があたることが多いので

みなさん苦労されていました。

私は総合問屋におりましたので、ベッド以外の販売もこなして

大変重宝されました。

先方の部長以下、次長課長に可愛がられアイビーベッドの商品を売ってもらい

メインの得意先の中ではベッドメーカーでは売上が一番でした。

 

M島の営業回顧録 その13

ごきげんようM島です。

 

だんだん、家具店の収益のメイン商品である婚礼タンスがだんだん売れなくなりました。

この頃から住宅やマンションににクローゼットが付きはじめタンス自体が不要に

なっていくからです。のちのち下駄箱や食器棚まで、住宅に設置されていわゆる

箱物が売れない時代がきます。

 

箱物に対して、脚物(ソファ、ベッド、ダイニングセット)は

住宅メーカーがセットして販売されないので、

今後は脚物を扱う会社は伸びるのではないかと漠然と考え出します。

 

話は戻りますが、アイビーベッドの京滋地区の責任者が

腰が悪く手術すると言う事で、お見舞いに行ったときに、

自分はこの会社を辞めて田舎に帰るので、欠員がでるので、

会社に入らないか。

と勧誘を受けます。

 

アイビーベッドの勧誘を受けてから1週間後

関トシ商事の営業部長から食事のお誘いを受けます。

営業部長は独立してユOOO社のオリジナル商品を販売する代理店アート50京都を

設立するので、是非来て欲しいと。

食事の後、関トシ商事のビルの前に車を止めて

<このビルの半分はわしが、建てたようなもんや>と考え深くつぶやきました。

<ユOOO社は塩ビ(塩化ビニール)で日本一の会社や、日本一と言う事はこれから、

無限に伸びる会社だぞ。> この頃関トシ商事は業績不振で年々売上を落としていました。

厚遇するから、良く考えてほしいとの事でした。

 

厚遇すると言うだけあってアート50はアイビーベッドの1,5倍の給与でした。

 

条件はいいのですが、塩化ビニール商品が廃棄の問題などで、今後も

売上を伸ばす事はできるのか。ベッドは普及率が上がると思っていましたし、

売上が伸びれば、給料も自然に上がっていく。

アート50は少人数の会社ですし、最初給料は多いのですが、

昇給はほとんどないだろうと思っていました。

 

M島の営業回顧録 その12

ごきげんようM島です。

 

関トシ商事をやめるとは決めましたが、その後3年ほど転職を考えてはいましたが、

なかなか、いい転職先もなく、時は過ぎていきました。

 

その3年間で業界の状況も変わっていきます。

毎年盛況だった、オールナイトセールも年々売上が悪くなり、

この頃にはチラシをとセールをやめる小売店もありました。

もともとセールの1週間前にプライスカードを書きかえるのです。

通常の特価価格1,6~1,7倍に価格を上げるのです。

4割引で普通の価格、半額で少し安くなる程度ですので、

消費者の方もだんだんわかってきたのだと思います。

 

ベッドはメーカー色が強いので定価や希望小売価格が安定していますが、

その他有名ではない家具メーカーの定価は市場価格に関係なく勝手につけ放題で

半額で販売しても小売店が十分利益を取れる商品がたくさんございます。

関西の方は定価からいくら安くなったこと自体を自慢されますが、

その商品をいくらで買えたか、と言う事が大事です。

今はインターネットが普及しておりますので、同等商品がいくらで売っている、

量販店のチラシ価格はいくらだとすぐに調べられます。

家具の定価には惑わされないでください。

 

この頃にはチラシに売れ筋の商品が掲載され、価格の競争が始まります。

 

婚礼タンス3点セットが100万円以上で普通に売れた時代から

3点セットで49万8千円ものが広告に掲載され、

次に3点セット29万8千円、それから2点セット19万8千円と

どんどん安くなっていくのです。

M島の営業回顧録 その11

ごきげんようM島です。

 

先号では関トシ商事で一番売上があり、いい頃の慰安旅行の写真です。

社長を含み数名の方が他界されました。

懐かしい顔もあります。

家具業界に残っているのは私を含めて3名だけです。

 

来年に連絡の取れるメンバーだけでもいいから、新年会(飲み会)を開催するという話があります。 是非、私も出席したいと思います。

30年以上会っていない方がほとんどですので、写真片手に比較してきたいと思います。

 

もう一枚慰安旅行の写真をはり付けます。

本当にみんないいメンバーでした。(この頃からやめることは考えていましたが)

 

f:id:kinopee:20181026214303j:plain

M島の営業回顧録 その10

 

 

ごきげんようM島です。

 

関トシ商事をやめるとは決めましたが、その後3年ほど転職を考えてはいましたが、

なかなか、いい転職先もなく、時は過ぎていきました。

 

関トシ商事が一番いい時代です。

みんなで行った慰安旅行の写真を添付いたしました。

 

f:id:kinopee:20181026220125j:plain

 

 

M島の営業回顧録  その9

ごきげんようM島です。

 

ご祝儀7万円は一回だけでしたが(内容は前日の鏡台とタンスの荷飾りのときに1万円

荷物を出す側3万円入れる側3万円頂きました。)3万円平均毎週土、日、祝日の大安か

友引か先勝ちの日です。月5,6回は行っていました。

毎週水曜日の休みはゴルフに行っておりました。

 

関トシ商事に入って4年が過ぎた頃、辞めようと思うことが起きます。

 

居眠り運転で壁に激突してしますのです。

6月30日が休みで7月いっぱい休みが無かったのです。

遠方に営業に行っていたので、朝9時から普通の日で20時頃帰社。

この頃土曜日は毎週オールナイトセールがあったのです。

オールナイトセールとは夕方~店を開店して18時~21時までは3割引、

21時から23時は4割引、23時~午前1時までは半額と。

 

18時~23時はお客様の品定めの時間23時になるとプライスカードを

はがして、カウンターに持って行って注文すると言うスタイルです。

あの頃は本当に売れたのですよ。

台風が近づいている23時に店内はお客様で満員、熱気ムンムンで

クーラーがきかないくらい暑かった店舗もありました。

このセール2,3年はどこの家具店でも大変売れるセールになっていました。

 

毎週私の担当のどこかの店で開催され翌1時ですが、それから後片付けをして、

みんなでご飯を食べに行きます。午前3時くらいに帰宅する、本当にくたくたですが、

翌日曜日は早朝から奈良県三重県で荷出しに行くのです。休み無しで。

クーラーも無いトラックで。

ブラック企業や過労死も真っ青と言うくらい働きました。

 

忘れもしない7月31日の20時頃帰社途中で、明日8月1日は待望の休みだ、

と言うときに   居眠り運転で正面の壁に激突して起きました。

車の正面の破損と私自身怪我もしましたが、スピードも大分落ちていたと

思われますが、壁も国道の下の部分で凹みもなく、大事には至りませんでしたが、

人が歩いてなくてよかった、これ以上この仕事を続ければ大事故になりかねない

と 硬く辞める決心をしました。