新井家具ベッド館 STAFF blog

新井家具ベッド館のスタッフブログです。 社長ブログに負けないよう更新します!!

M島の営業回顧録 その31

ごきげんようM島です。

 

一気に勝負に出て

大型量販店N全店に一気に商品展開して、大型量販店NでNO.1の取引ベッドメーカーになるためです。

シ○○○が大型量販店Nに新規参入して、売上を伸ばすには、圧倒的なプライスリーダーになる必要がありました。

 

大型量販店Nの店頭で○○,000円の価格でシ○○○のポケットコイルマットレスが買える。

大型量販店Nの販売研修会には度々、商品仕入れの部長が出向いて説明会を繰り返し、

大型量販店Nは日本で一番安く○モンズを販売している企業です、と繰り返しました。

 

値引きの多い販売店には圧力をかけ、納入率をあげたりして、安く売らせないような

ことをしているのに、このときは率先して安く販売していたのです。

 

この一大決心と展示拡販と大型量販店N自体が西日本に店舗を出店していきましたので、

見る見るうちにシ○○○の売上は右肩上がりに上がっていきました。

 

シ○○○本社には親会社のニフ○から来られた社長と専務と

もともとシ○○○におられた、○尾常務がおられました。

販売会社の○藤社長はその3人に続く位置におられたのですが、

○尾常務とはライバル関係でとても仲が悪かったのです。

 

販売会社の○藤社長はもともとフランスベッドの長野県営業所の所長でした、

フランスベッドでは出世しても課長になるのが精一杯ですので、

シ○○○に転職されました。

シ○○○の長野営業所所長を経て、首都圏以外の地方営業所をまとめる、

地方部長に就任して実績を残し、西日本をアイビーベッドから、

シ○○○が直接販売することになり、西日本だけの販売会社を作り

販社の社長に就任されました。

 

そして、ニフ○から来られたシ○○○社長がニフ○の社長になられる時に

シ○○○の新社長に指名されたのが、○藤社長でした。

 

M島の営業回顧録 その30

ごきげんようM島です。

 

取引先も安定してきて、倒産などもなく、

順調に売上も推移して順風満帆になり、経営コンサルタントの指導もなくなりました。

 

特に残業もなく、働きやすい環境になったのですが、会社も大きな転換期が訪れます。

西日本のみの販売会社だった、シ○○○販売株式会社が本体の株式会社シ○○○に

統合され一つの会社になるのです。

 

そして、人事異動の4月を迎え、西日本の販売会社の責任者だった○藤社長が

なんと株式会社シ○○○本体の社長に大抜擢されるのです。

 

西日本の業績が好調で元アイビーベッド社員の頑張りや、

戦略もうまくはまりましたが、最大の功績は大手量販店Nへのシ○○○ベッドの導入でした。

関西地区でもばんばん、(西日本)テレビコマーシャルもしているところです。

 

当時のシ○○○株式会社で一番大きな取引のあったのが、○○ホの愛称の

大手量販店Hでしたが、一番売れるシングルサイズの最低価格5,5インチポケットコイル

マットレスの販売価格が4○,000円でしたが、大手量販店Nには○○,000円(15,5%引き)で

販売できる価格で納入したのです。

 

これはシ○○○販売会社の○藤社長と仕入れ責任者の購買の部長の2名だけの独断でした。

当然大手量販店Hには知られないように最善の注意を払って、実行したのです。

これは本社の社長以下重役は誰も知らない戦略でした。

 

このことが大手量販店Hの耳に入らなかったのは、

両チェーン店の微妙な店舗分布にあるのです。

大手量販店Hは関東中心で店舗出店をして、関西に数店舗のみ出店していますが、

兵庫県の東部地区にある、尼崎が一番西の店舗でした。

かたや大手量販店Nは九州中心で勢力を本州に伸ばして、兵庫県西部の加古川あたりで出店が一旦とまりましたので、同じテリトリーではなかったので、商品の価格バッティングが

なかったのです。

 

M島の営業回顧録 その29

ごきげんようM島です。

 

京阪家具工芸の社長とポップスファニチャーの社長とは

アイビーベッド時代に家具店招待旅行で韓国の済州島でゴルフを

ご一緒した事もございました。

 

両店共に事前振込みをお願いしておりましたが、両店ともに倒産しました。

 

ポップスファニチャーは弊社の取引がなくなり、

店内展示を売り越し商品がシーリージャパンの商品がほとんどになりました。

シーリーの商品が流通して、約2ヵ月後の20日最初の支払いがある、

前日の19日にポップスファニチャーは倒産するのです。

 

250万円~300万円くらいの債権があったと思いますが、

一度も集金することなく、倒産されました。

 

この頃までのシーリージャパンは営業の管理がずさんというか、

シOOOが販売店の経営が危ないから引いていったのをボランティアのごとく、

納品、展示してそして、集金もせず倒産とは本当に理解できません。

 

シーリージャパンはインテルナきたむらのときも大阪木材工芸のときも

倒産する寸前まで全力で商談、売り込み、納品、展示をする会社で、

アイビーベッドは倒産したのに、この会社は大丈夫かなあと

本当に不思議でした。

 

信金額は得意先の実力により、金額が決まり、それを守る事が

倒産による債権の未回収を防ぎ、会社の経営と利益を守る事になります。

 

与信がなければ目先の営業目標を何とかこなす為に危険を承知で

あぶない得意先と取引を拡大する。

最後には大変な苦労と減棒などの処分と来年には倒産したところの

売上予算が計上されるのです。

M島の営業回顧録 その28

ごきげんようM島です。

 

OOOタンスのヒット商品は特価商品ですので、30~50本一括倉庫入れで

在庫を持っていただきました。

先方の在庫と与信残額をにらみながら、お支払日の翌日に商品を納品するようにして、

結果与信を割る事は一度もありませんでした。(私が在職の間は)

 

OOOタンスの新ベッド担当は直ぐに主任になり、ベッドの売上が上がりだすと

係長、課長と出世していき、最終的に家具、ホームセンターの店長にまで

上り詰めたそうです。(近年早期退職されましたが、)

 

こういった、成功例もございますが、営業として辛いこともございました。

経営不振の得意先に対する対応も早く、当時京都のパルスプラザで催事をすれば、

2億~3億の売上をほこり、京都では一番の売上のあった、家具のサワダさんが

経営不振に陥り、規模縮小して再出発するというときに、与信金額0円

事前振込みでないと商品を納品できなくなりました。

 

家具のサワダの社長からは『病人から布団をはぎとるのか』と言われ

長いお付き合いでしたが、それ以来取引はなくなりましたが、

倒産はまぬがれ、長い間商売を続けられました。

 

アイビーベッド時代に取引があり、奈良県箕面市に店舗をもたれていた、京阪家具工芸も何度も掛売りでの取引要請がありましたが、与信金額が出ず、取引はありませんでしたが、

こちらは倒産しました。

 

東大阪にあった、ポップスファニチャーは、急激な経営不振から

掛売りから事前振込みに契約変更しました。

先方の社長様からは罵倒されましたが、

今後はシーリーを主力で販売する旨を伝えられました。

 

M島の営業回顧録 その27

ごきげんようM島です。

 

新井家具店 ベッド館はこの頃(多分最初から)から

いつもニコニコ現金払いですが、当時の家具販売店は支払いが

半金半手(50%現金、50%手形)のところも多く

オール手形支払いもありました。

 

半金半手取引の大型店で、これから売上をたくさん、作りたいところには事前に

店舗運営責任者に展示提案、販売セール、超特価品を用意して仕掛けると共に、

売上があがってきたところを見越して社長と経理責任者に

現金取引にかえていただくように何度も日参して、お願いします。

この作業を怠るとあとで、売上とせっかく売上を作った信用を両方なくします。

 

私はこの戦略で京都でも有名な家具店OOOタンスを攻略します。

私が始めて訪れた頃はほとんど取引がなく、フランスベッドとアスリープの2社が

売上のほとんどを占めていました。

 

私が訪問した時にちょうどベッド担当が、ホームセンター部門から来られた方で

家具やベッドのことなどを全く知らない方でしたが、

親切丁寧にベッドのことや商品のことを事細かく説明して、

次第にシOOOのファンになっていただき、

アスリープの展示を弊社に入れ替えて行き、アスリープの売上を抜き、

ポケットコイルの利点や説明会を何度も開催して、全員に弊社の商品を売って

頂ける体制になりました。

 

その頃、現品市にバイヤーに来ていただきステーションタイプに6,5インチを

搭載して、シングルで10万円を切る価格で販売しましたが、

この商品が大当たりしまして、サイズもシングル、セミダブル、クイーンの3機種のみで

年間に2000万円を超える売上を記録して、OOOタンスの不動の一番手メーカーに

なり、年々売上を増やしていきました。

 

 

M島の営業回顧録 その26

ごきげんようM島です。

 

シOOOの営業で大変だったのは売上予算だけの話ではありません。

各得意先に与信金額が決まっていて、その金額を1円でも超えると

その店に対して、商品の出荷が止まるのです。

 

お客様と納品日を決めた売りこしの商品が出荷されなくなります。

担当員は大慌てで、得意先から怒られる、先方の信用は低下する、

本当に大変です。

通常よりたくさん販売してもらって、喜んでもらうはずが、逆に怒られる事に

なります。

こうなると予算を達成するにも、販売好調なお店に、よりたくさん売り込んで買ってもらうのも与信金額との兼ね合いがありますので、必然と月別の販売金額(目標予算)が決まってきます。

特に気をつけたのは新井家具店 ベッド館ですね。

当時の会長はとても怖い存在で(怒られた事は一度もないのですが)

与信割れで現金をもらいに行くのが絶対に嫌でした。

契約書を交わすときも2度もシOOO本社の社長と店舗を訪れ

何とか契約を交わす事になりましたので、集金日以外に金を頂きたいと言ったら

多分ですが、そういう取り決めがあるなら、なぜ契約書に書いていないと

突っ込まれていたでしょう。

 

当時のベッド館店長(現社長)は、値切って買う(そのかわりに沢山買っていただける)

のが業務の日課でしたので、この商品を10枚買うからいくらにしてくれ、

20枚でもいいぞと突っ込んでこられますが、こちらはそれに応じて商品を安く

提供したら、与信残額は急に少なくなり、自分の首を絞めるだけです。

安くしなかったら、在庫購入などしませんので、出来ませんと突っぱねていたので、

店長はがっかりしていたでしょう。

あーあーアイビーベッド時代はよかった、仕入れが楽しかったと。

新井家具店 ベッド館はこの時代から年々ベッドの販売を増やして、

高額の商品もよく、販売して頂いたので急に与信残額が少なくなることも予想しておかないといけません。結果メーカー側の利益の確保にもなります。

 

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願い致します、M島です。

 

今年は年号も変りますし、家具業界にとっても、大変革の年になると思います。

弊社も本館の建替えによる閉店セールや増税前の駆け込みなど

とても忙しい1年になると思いますが、本年も皆様に愛される家具店であるよう、

他店よりリーズナブルな価格で商品提供できるように、社長以下、従業員ともども

頑張り抜く所存ですので、宜しくお願い致します。