ごきげんようM島です。
取引先も安定してきて、倒産などもなく、
順調に売上も推移して順風満帆になり、経営コンサルタントの指導もなくなりました。
特に残業もなく、働きやすい環境になったのですが、会社も大きな転換期が訪れます。
西日本のみの販売会社だった、シ○○○販売株式会社が本体の株式会社シ○○○に
統合され一つの会社になるのです。
そして、人事異動の4月を迎え、西日本の販売会社の責任者だった○藤社長が
なんと株式会社シ○○○本体の社長に大抜擢されるのです。
西日本の業績が好調で元アイビーベッド社員の頑張りや、
戦略もうまくはまりましたが、最大の功績は大手量販店Nへのシ○○○ベッドの導入でした。
関西地区でもばんばん、(西日本)テレビコマーシャルもしているところです。
当時のシ○○○株式会社で一番大きな取引のあったのが、○○ホの愛称の
大手量販店Hでしたが、一番売れるシングルサイズの最低価格5,5インチポケットコイル
マットレスの販売価格が4○,000円でしたが、大手量販店Nには○○,000円(15,5%引き)で
販売できる価格で納入したのです。
これはシ○○○販売会社の○藤社長と仕入れ責任者の購買の部長の2名だけの独断でした。
当然大手量販店Hには知られないように最善の注意を払って、実行したのです。
これは本社の社長以下重役は誰も知らない戦略でした。
このことが大手量販店Hの耳に入らなかったのは、
両チェーン店の微妙な店舗分布にあるのです。
大手量販店Hは関東中心で店舗出店をして、関西に数店舗のみ出店していますが、
兵庫県の東部地区にある、尼崎が一番西の店舗でした。
かたや大手量販店Nは九州中心で勢力を本州に伸ばして、兵庫県西部の加古川あたりで出店が一旦とまりましたので、同じテリトリーではなかったので、商品の価格バッティングが
なかったのです。